| 1969年 |
0歳 |
秋田県南秋田郡昭和町に生まれる |
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| 1985年 |
16歳 |
秋田市立秋田商業高等学校に入学! |
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| 1988年 |
19歳 |
中央大学商学部に入学!
レスリング部に所属し、主将を務める。 |
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| 1992年 |
23歳 |
7月、UWFインターナショナルへ入団! |
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| 1993年 |
24歳 |
8月13日、スティーブ・ネルソン戦でデビュー!(ダブルリストロックで敗れる) |
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| 1996年 |
27歳 |
12月、所属していたUWFインターナショナルが解散! |
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| 1997年 |
28歳 |
キングダムに移籍。12月21日、横浜アリーナで開催された『UFC-J』ヘビー級トーナメントに出場し、見事に優勝! この時のマイクで、あの「プロレスラーはホントは強いんです」という名言を残し、“プロレス界の救世主”と呼ばれる。 |
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| 1998年 |
29歳 |
3月15日、高田道場へ移籍後初となるヴァーノン“タイガー”ホワイト戦で勝利(腕ひしぎ十字固め)。 |
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| 1999年 |
30歳 |
ビクトー、ブラガ、マシアスといった世界の強豪を次々と撃破! 11月23日、初の“グレイシー狩り”となるホイラー・グレイシー戦で勝利した桜庭は試合後、「次はお兄さん(ヒクソンのこと)、ぼくと勝負してください」と衝撃のマイクパフォーマンス。 |
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| 2000年 |
31歳 |
5月1日、ホイス・グレイシーと90分間にわたる死闘を繰り広げ、TKO勝ちを収める。この激闘は今でも伝説として語り継がれており、世界中に“サクラバ”の名を広めるきっかけにもなった。また、8月27日にはヘンゾ・グレイシーを、そして12月23日にはハイアン・グレイシーをも破り、“グレイシー・ハンター”の名をほしいままにする。 |
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| 2001年 |
32歳 |
3月25日のヴァンダレイ・シウバ戦でまさかのレフェリーストップ負けを喫し、ファン&関係者に大きな衝撃が走る。7月29日のクイントン“ランペイジ”ジャクソン戦に一本勝ちするも、11月に再戦したヴァンダレイにまたも敗退し、左肩を肩鎖関節脱臼してしまう。 |
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| 2002年 |
33歳 |
左肩のケガからも回復し、8月28日に国立競技場で行なわれた第一回『Dynamite!』でダイナマイト・カムバック! ミルコ・クロコップと歴史に残る名勝負を繰り広げる。 |
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| 2003年 |
34歳 |
8月10日、ヴァンダレイ・シウバに悔しい三度目の敗北。11月9日、ケビン・ランデルマンに一本勝ち。 |
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| 2004年 |
35歳 |
6月20日、2度目のニーノ“エルビス”シェンブリ戦でリベンジ達成。 |
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| 2005年 |
36歳 |
10月のケン・シャムロック戦でKO勝ち、大晦日の美濃輪育久戦でTKO勝ちを挙げる。 |
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| 2006年 |
37歳 |
5・3『HERO'S』のリング上に謎のマスクマン姿で登場し、「どうも、タイガーマスクです」と満員のファンへ向けてマイクアピール! 翌日の会見で正式参戦を表明し、8月5日にケスタティス・スミルノヴァス戦で『HERO'S』デビュー。死闘の末に執念の腕十字を極めて勝利を飾る。大晦日『Dynamite!!』では秋山成勲と対戦し、TKO負けが宣告されるも、後日、裁定はノーコンテストとなる。 |
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| 2007年 |
38歳 |
3月のHERO'S名古屋大会ではユーリー“プレイボーイ”キセリオを相手に腕ひしぎ葬。6月の『Dynamite!! USA』ではホイス・グレイシーに判定で敗れたものの、9月のHERO'S横浜大会での柴田勝頼戦、12月の『Dynamite!!』では船木誠勝戦に快勝。完全復活をアピール!! |
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| 2008年 |
39歳 |
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